2025年の6月、アジア・パシフィック地域で開催された「NRF APAC 2025」は、世界最大級の小売業界展示会「NRF(National Retail Federation)」のグローバル展開の一環として、域内で2度目の開催となりました。
本イベントは、その国際会議の視察結果を踏まえ、日本のサービス業・流通業界における「現場DX」を推進するためのインサイトを、経営者同士の対話を通じて深掘りする場として企画されたものです。本レポートでは、当日のプログラムを3部構成で紹介し、参加者にとって実践可能な示唆と、これからの小売・サービス業の未来像を明らかにします。
イベント当日の登壇資料・セッション要旨をまとめた「完全版レポート(PDF)」はこちらからダウンロードいただけます。
プログラム構成
- 海外視察レポート | NRF APAC 2025 海外動向の解説
発表: New Commerce Ventures株式会社 代表パートナー 大久保洸平氏 - 基調講演 | カインズ・ハンズにおける店舗DXと海外視察の示唆
発表: 株式会社カインズ 代表取締役社長 CEO ・ 株式会社ハンズ 代表取締役会長 高家正行氏 - トークセッション | 経営視点で見た現場の未来計
発表: 高家正行氏 × 大久保洸平氏 × 株式会社クロスビット 代表取締役 小久保孝咲氏
モデレーター: 株式会社カンリー 代表取締役Co-CEO 辰巳 衛氏
登壇者プロフィール
高家 正行 氏(株式会社カインズ 代表取締役社長 CEO/株式会社ハンズ 代表取締役会長)
1963年東京都生まれ。1985年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社三井銀行(現:三井住友銀行)に入行。1999年にA.T.カーニー株式会社に転職。2004年に株式会社ミスミ(現:ミスミグループ本社)に入社し、2008年には代表取締役社長に就任。2013年まで務める。2016年に株式会社カインズ取締役に就任後、2019年より代表取締役社長に。2022年からは東急ハンズの再建も担い、同社を株式会社ハンズとして再スタートさせた。
辰巳 衛 氏(株式会社カンリー 代表取締役Co-CEO)
2015年、早稲田大学理工学部卒業。双日株式会社に入社し、M&A・投資審査業務を経験。米国公認会計士資格を保有。2018年に株式会社カンリーを共同創業。「カンリー店舗集客」を含む複数のSaaSプロダクトを展開し、全国11万店舗以上に導入されている。
大久保 洸平 氏(New Commerce Ventures株式会社 代表パートナー)
東京工業大学大学院(技術経営専攻)修了後、ヤフー株式会社に入社。Yahoo!ショッピング部門で広告・EC事業立上げを担当。その後、YJキャピタル(現Z Venture Capital)にてスタートアップ投資を推進。2022年、コマース領域に特化したベンチャーキャピタルとしてNew Commerce Venturesを設立。
小久保 孝咲 氏(株式会社クロスビット 代表取締役)
早稲田大学政治経済学部卒。在学中に人材業界で法人営業マネージャーを経験。シフトや働き方の課題にテクノロジーでアプローチすべく2016年に株式会社クロスビットを創業。クラウド型シフト管理システム「らくしふ」を主軸に、全国の小売・サービス業の現場支援を行う。
Part 1|NRF APAC 2025 海外視察レポート
登壇:大久保 洸平 氏(New Commerce Ventures株式会社 代表パートナー)
NRF(National Retail Federation)は、世界最大規模の小売業界イベントとして、毎年ニューヨークで開催されていますが、APAC版はアジア・パシフィック地域の市場成長を背景に2024年より始動しました。2025年に開催されたNRF APACでは、アジア太平洋市場の成長を背景に、小売・サービス業のあり方を見直す多様なセッションが展開されました。なかでも、大久保氏が注目したのは、「これからの小売」に必要とされる視点が、従来の枠組みを越えたものになりつつある点です。
テクノロジーの進化は、単に業務を効率化するだけでなく、現場で働く人々との関係性を変え始めています。従業員を支援する存在としてのAIや、接客体験に溶け込むような仕組みなど、“共に働く”という概念が徐々に浸透しつつあります。
また、拡大を続けるアジア市場では、地域特性を踏まえた柔軟な展開モデルが求められており、出店方法やブランド戦略を国ごとに使い分ける企業の動きも目立ちました。ローカルへの適応とグローバル視点の両立は、今後のビジネスにおいて欠かせない要素となりそうです。一方で、SNSや動画コンテンツの普及により、ブランドが自らメディアとしての機能を果たすような変化も見られました。情報発信と購買導線の設計が直結する中で、生活者との接点をどう築くかが、マーケティングの新たな焦点となっています。
デジタルとリアルの融合も進んでおり、来店とオンライン、体験とデータがシームレスにつながるような仕組みづくりが、多くの企業で模索されていました。従来の「店舗」や「EC」といった分類に縛られない発想が求められています。そして、顧客体験の質を高める上で、従業員の働く環境やモチベーションの重要性を再認識する声も多く聞かれました。現場の声を可視化し、組織全体で活かしていく仕組みが、サービスの質を大きく左右する時代に入っています。
これらの潮流はすべて、単なる最新技術や戦略トレンドにとどまらず、「どう働き、どう届けるか」という根本的な問い直しにつながっています。
Part 2|基調講演:カインズ・ハンズにおける店舗DXと海外視察の示唆
登壇:高家 正行 氏(株式会社カインズ 代表取締役社長 CEO / 株式会社ハンズ 代表取締役会長)
高家氏は今回の講演で、自社での実践をベースに、NRF APAC 2025で語られた最新動向を踏まえながら、「これからの店舗DX」に求められる本質的な視点を提示しました。自身は現地視察には参加していないものの、国内外の事例を丁寧に読み解きながら、小売業の進化に必要な考え方を深く掘り下げています。
講演の冒頭で氏が改めて強調したのは、「チェーンストア経営における基本動作の徹底」と、「顧客起点で設計されるデジタル戦略」の重要性です。効率化や自動化といった“手段”にとどまらず、顧客や従業員、仕入先などの行動そのものを変えていくこと──それがDXの本質だと語ります。
この考えは、カインズとハンズという異なる業態を束ねながら改革を進めてきた経験に裏打ちされています。たとえば、旧・東急ハンズの再建では、まず在庫管理や発注、売場づくりなどの基礎的なオペレーションを見直すことからスタート。派手な施策ではなく、地に足のついた改善を重ねることで、結果として業績の回復にもつながりました。デジタル活用についても、高家氏は「技術の導入が目的になってはならない」と繰り返します。顧客にとって迷わず・待たず・探さずに済む買い物体験や、文脈に応じた提案、店舗と顧客、メーカーをつなぐ仕組みなど、“行動を変える設計”をどれだけ意図できるかが鍵だといいます。
一方で、NRFの事例を踏まえた考察としては、アメリカのリーディングカンパニーがすでに整備された基盤の上にAIを実装し、次のフェーズへと進んでいる点に注目。リアルタイムで業務指示が届く仕組みや、売場の知見を商品企画に還元する現場主導のマーケティングなど、日本の現場にもヒントとなる取り組みが紹介されました。高家氏は、日本の小売がこれから進むべき道として、「仕組みが整っているからこそできる進化」と「未整備だからこそ試せる柔軟さ」の両立を挙げます。両者のバランスを見極め、自社ならではの変革モデルを構築していく視点が、今後ますます求められていくと締めくくりました。
Part 3|トークセッション:経営視点で見た現場の未来設計
登壇:高家 正行 氏(株式会社カインズ 代表取締役社長 CEO / 株式会社ハンズ 代表取締役会長)・ 小久保 孝咲 氏(株式会社クロスビット 代表取締役)・辰巳 衛 氏(株式会社カンリー 代表取締役Co-CEO)
経営層によるディスカッションでは、現場DX、採用、ES(従業員満足)、デジタル人材の育成、そして未来の店舗設計まで、多岐にわたるテーマが語られました。それぞれのトピックに共通していたのは、「現場起点での変革」「人を主軸にしたDX」「体験価値の再定義」という3つのキーワードです。
中でも印象的だったのは、「現場を起点とした変革の必要性」と「人を主軸に据えたデジタル設計」という共通の視点です。短期的な採用対策と、中長期の組織設計を両輪で進めるアプローチや、価値観の伝達を“空気ごと”現場に届けるための仕組み、そして従来の制度にとらわれないデジタル人材の登用など、実践的な工夫が次々に紹介されました。
また、リアル店舗の存在価値や、グループ間におけるデータ連携の在り方についても再考が促されました。「購買の場」から「体験の場」へ。リアルとECを対立させるのではなく、互いの役割を問い直し、新たな顧客体験を設計する視点が必要とされています。
経営としての意思決定においても、「何を軸に進めるのか」を問い続けることの重要性が語られ、デジタルやAIへの投資は“未来のための決断”であるという強いメッセージで締めくくられました。
参加者の反応・満足度から見える手応え
今回のイベントには多くの小売・サービス業関係者が参加し、登壇各社による実践的な知見や議論に高い関心が寄せられました。アンケート結果では、参加者の100%が「満足」以上と回答しており、内容の充実度と現場への示唆の多さが評価されています。
実際の声からは、セッション内容への納得や共感に加え、他社との接点が得られたことへの感謝や、今後の実務に活かす意欲もうかがえます。
「どれも大変参考になり、最後まで楽しく過ごすことができました」
「各社との接点を持てる機会をいただき、ありがとうございました」
「小売企業のAI活用について、本部スタッフの生産性向上に寄与する事例もあれば今後伺いたいです」
こうしたフィードバックからも、現場に寄り添ったテーマ設定や企業間での学び合いの場としての価値が浮かび上がってきました。
総括|越境と共創の時代へ
NRF APAC 2025は、「Retail Unlimited」というテーマのもと、テクノロジー・人・組織・チャネル・国家といった、さまざまな“壁”を越えていく未来の方向性を提示しました。日本の流通・サービス業が持つオペレーション力と現場力に、デジタルによる“再設計”と“体験価値の創造”という視点を加えることで、グローバル競争において新たな位置づけを築くことが可能となるでしょう。
本イベントが、経営者の皆さまにとって実践的なヒントと気づきをもたらし、今後の企業変革や異業種連携、DX推進の起点となることを願ってやみません。
本レポートのダウンロードはこちらから
本記事は、当日イベント内容の一部を抜粋・再構成したものです。
当日の資料や全セッションの詳細をまとめたフルレポートは、以下よりダウンロードいただけます。
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